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優しさ

  • 2009/01/29(木) 18:07:40

私は優しさとは性格ではなく、人間の行為のことだと思っている。優しい気持ちはきっと誰にでもある。それを、行為として表現することが優しさなのだと。


すべての人間がなんらかの間違いをしでかしているのに、私だけが例外のはずはないさ。だがたとえ間違っているとしても、正しいと思えたときに正しいと言ったり行動しないとしたら、人間には何もないんだ。



どれだけ君のことを想ったとしても、私の一息が君の頬を暖めるのか、それとも私の一歩が君の影を踏みつけるのかなんて分かりやしない。だけど、それが君に差し出す手を思い留まらせるのならば、人はなんと孤独なんだろうか。

コンビニの帰り道、レジ袋は出来るだけ貰わない様にしはじめたんだと言った君の優しさを

はしゃぎ疲れた帰り道、大丈夫ですよというお婆さんに電車の席を譲ったあなたの優しさを

大地に差し出された、その赤ん坊の様に小さな掌は、大きな優しさは、いつかまた儚い蛍の灯となって、君を包み、照らすだろう。

                

新年

  • 2009/01/07(水) 18:05:56

新年明けましておめでとうございます。

年末年始は山と海の自然に囲まれた下関で過ごしました。

水に恵まれ肌に優しく触れてくる大気の中で、吐く息はどこまでも白く天に立ち昇り、その行く先に待ち構える夜空は何もかもを吸い込んでしまうほどに深く澄んでいて、散りばめられた星屑が遊び、踊り、また一段と強い輝きを放っていました。

今回の年末年始も、沢山の友人達と一緒にいることができました。

みんな人生の激流の中で、自分の選びだした道を、悪戦苦闘しながらも、一歩一歩踏み締めるように歩んでいます。

みんなそれぞれ歩む道は違うけれど、こんなにも美しい夜の月の下に、みんなが同じように前に向かって歩いている足音は、この耳にまで響きます。

遠く離れていても、共に歩める

今年からは、特にそのような心の繋がりを大事にしていきたいです。

今年もよろしくお願いします。

                

図書館の一歩外に出て

  • 2008/12/12(金) 18:03:31

図書館の中の暖房では少し肌寒く感じるので、今日は野外で勉強することにした。
当然、外は図書館より寒いのだけど、そういう環境に敢えて身を置くことで、身体が「ここは寒いぞ、気をつけろ!」と警報を出し、血流を高め、結果的には暖かく感じるものだ。

それに、外は図書館と違って喋っても良いというのが心地よい。
図書館の中では喋ってはいけないというルールがあり、そのルールによって皆が行動の半径を規定されている。その規定が完璧に行き届いて、ピタリとみんなの半径が一致すれば、それはそれで美しいのだけど、そうも行かないのが現状だ。
それに比べて図書館の一歩外に出ればそんな規則はなく、各々が周りとの関係を読み取って、自ら行為の幅を決める。そうして自ずと生まれた規律性の網の中で勉強するというのが、実に清々しい気分にさせてくれる。

子供のはしゃぐ声や、母親が語りかける慈愛に満ちた言葉、恋人達の幸せに満ちた語りや、風と木々のざわめき、それらが織り成す音楽が、最高のBGMになる。

                

人間

  • 2008/11/13(木) 18:01:32

日本で人間という言葉が生まれたのはいつなのだろうか

人それ自身より人と人の間にある関係性を重視する民族だから、人間という言葉を生み出したんだろう

空気を読むというのは人間を知るということの言い換えかもしれない

人の行動を規定する空間の構造に目をむけているのだ

そう思うと日本人はとても構造主義的な国民なのかもしれない

                

デザインのデザイン

  • 2008/10/19(日) 18:12:06

新奇なものをつくり出すことだけが創造性ではない。見慣れたものを未知なるものとして再発見できる感性も同じく創造性である。(~略~)ものの見方は無限にあり、そのほとんどはまだ発見されていない。それらを目覚めさせ活性させることが認識を肥やすことであり、ものと人間の関係を豊かにすることに繋がる。



この主張は僕の生活感にとてもよく馴染む。だけど、すごいなぁと思ったのはこの文章の内容自体に対してではなく、語り方に対してだ。こういうある程度主観的である物の見方を、このような客観的で誰にでも分かりやすい文章でかけるのがすごいと思ったし、それがデザインを生業にしているということなんだなと思った。

僕だったら、「ふと、そこに存在する自然、その中にそっと溶け込んでしまいたい」なんて主観的な内容を主観的な文章そのままに書いてしまうだろうな。


マンホールの蓋がなぜ丸いか。丸くないと蓋が穴の中に落ちてしまうからというのは数学の問題ではなく、デザインの問題である。


と書いていて、ここでデザインの問題であるといっているのが具体的にどういう意味であるかが文脈からは確定できないのだけど、何にせよ、少し良い言葉だとおもう。


自然保護の発想はともすると手つかずの自然を神聖視しがちであるが、元来は人も自然の一部であり、人と交流する森もまた豊かな自然なのだ

                


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