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知音

  • 2007/02/03(土) 02:58:28

「知音」って言葉を、今日友達に教えてもらって初めて知った。


知音の語源・由来

知音は、『列子(湯問)』などの故事に由来する。

中国春秋時代、『伯牙(はくが)』という琴の名手がいた。

友人の『鐘子期(しょうしき)』が死に、伯牙は自分の琴の音をよく理解してくれる者がいなくなったと嘆き、琴の弦を切って二度と弾かなかった。

そこから、自分を知ってくれる人や親友を「知音」というようになり、よく知る人の意味から、恋人、女房、知人などにも、「知音」が用いられるようになった。


人は、自分、自分から生じた現象を良く理解してくれる他者がいて、初めて自分として存在し、また自分を発することが出来る。

なるほど、実感として備えていることだけど、こんなに堅実にそれを表してくれる言葉があったなんて。

よいね。





しかし、この知音の語源の話は結構、本質が捉えられている気がする。


自分の琴の音をよく理解してくれる者がいなくなったと嘆き、琴の弦を切って二度と弾かなかった


外部との影響が断たれたときに、その場に残る物は何なんだろう?

琴を理解してくれる外部が無くなり、琴を引く事を辞めた

手足を動かしても周りに触れるものがなければ、手足を動かすことをやめるだろうか

声を出しても反響するものがなければ声をだすことをやめるだろうか

目を見開いても見える物がなければ目を瞑るだろうか


全てに対して作用しうるものがなければ、そこに何が残るだろう

その時、身体には意味はあるのか

身体に意味がなければ、残るのは心だけになる

だけど心だけ残って、本当にそこには 心 は実在するのか

心だけを抽出したとき、それは果たして無に等しいんじゃないだろうか



そんな疑問に対して、一つの解を投げかけている

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列子の中にでてくる寓話の中で竜淑という人物が世間にたいして超然しているのを病気だと思い込んでいた。という話があり大変面白いと思っています。

  • 投稿者: 竜淑
  • 2007/02/16(金) 20:54:42
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なるほど、そういう話があるのですね。ちょっとwebで調べてみたんですけど、うまく見つからなかったので、お暇があれば参考資料などを教えてもらえると大変助かります。

  • 投稿者: emo
  • 2007/02/18(日) 05:26:24
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私が最初に読んだのは、徳間書店の中国の思想第6巻、老子・列子の仲尼篇です。列子の仲尼篇の全文があれば、必ずあります。今後ともよろしくお願いします。

  • 投稿者: 竜淑
  • 2007/02/18(日) 11:06:49
  • [編集]

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なるほど、どうもありがとうございます。是非、読んでみようと思います。
宜しくお願い致します。

  • 投稿者: emo
  • 2007/02/19(月) 03:45:21
  • [編集]

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